ミニチュア・ダックスフントのジンジャー登場

ジンジャーがやってきた

宙ぶらりんの仔犬

出会い

生まれて5か月の仔犬が2頭、行く宛てがなく宙ぶらりんになっている。もうすぐ2000年がやってくるという年の瀬にごく近しい知人からそんな話を聞いた。

その知人は動物好きでペット業界に顔が利くため、ある知り合いからミニチュア・ダックスフントを2頭探してくれと頼まれたという。知人はいろいろな伝手を使い依頼主のためブラック・アンド・タンのダックスを選び、あとは新しい飼い主に引き渡すだけだった。

ところが、依頼主から突然のキャンセル。どうやら犬を飼うことに家族が反対したらしい。無責任な話だが仔犬を無理やり押し付ける訳にはいかない。知人は頭を抱えていた。

飼い主との出会いが叶わなかった2頭は、知人の部屋の片隅に積み上げられたケージで静かに尻尾を振っていた。大きな潤んだ目が印象的だった。

観察会

自分にはどうしようもできないことは分かっていたが、2頭のダックスはひどく私の心をとらえていた。ある日、職場で何気なく2頭のことを話してしまう。すると同僚の一人からぜひ一度会いたと話があった。犬を飼いたいと思っていたというのだ。

早速、知人の了解を得て、2頭を職場に連れていった。飼いたいという同僚とともに、ここで初めてじっくりと観察。

2頭とも同じブラック&タンのオスだが、それぞれ特徴がある。一頭は少しカールがかかった長い毛を持ち落ち着いた印象。血統書を見ると、アメリカ・チャンピオンの仔のようだ。もう一頭は胴がちょっと寸詰まりで気が弱そう。

餌をあげると、アメリカ・チャンピオンの仔はゆっくりと嬉しそうに餌を食べる。一方、ケージから出るのにもブルブル震えていた気が弱そうな方は、食べ物を見るや否や態度が変わり勢いよく餌に喰らいついた。その豹変ぶりがおもしろい。

縁組

意外だったのが二頭とも全く鳴かないこと。寂しいのかクゥーンという声は出すが、決してワンとは吠えない。後日、全くの認識不足に気づかされることになるが、ダックスはとても静かな犬だなとその時は思った。

飽くことのない観察会、あっという間に時間が過ぎた。いうまでもなく、同僚が飼えるのは一頭のみ。

彼はアメリカ・チャンピオンの仔を選んだ。ロン毛のハンサム・ボーイはそのまま同僚に引き取られ、新しい家族との共同生活が無事スタート。名前はショコラ。めでたし、めでたし。

犬恐怖症

売れ残り

今回も縁がなかった。気の弱い食いしん坊はまたまた売れ残り。知人の家に返さなくてはならない。とりあえず、その日は我が家に連れて帰った。

玄関にケージを置く。寒々しい慣れない場所で小犬は何をするでなくおとなしく丸くなっている。

ちょっと寸詰まりだけど、黄金色の明るいはっきりした眉毛にくりくりとした大きな瞳。無垢な笑顔がとてもかわいい犬だ。 本来であれば、家族の愛情を一身に浴びて、甘え、可愛がられているはずだろうに。側らの妻にしばし哀れな小犬の身の上話をした。

妻は小犬への同情とともに、予想していた言葉を発した。「かわいそうな犬。でも、うちでは面倒をみてあげることはできない」

暴風雨

最初から決めていた。無理なのは分かっていたけれど、本当は決めていた。このまま、宙ぶらりんのまま、それも1頭だけであの部屋の片隅のケージには帰せない。こちらの気持ちを察して妻は機先を制してきたが、意を決し説得を始める。「二人とも共働きで世話ができない」妻の言い分はごもっとも。

なにより問題なのは「犬が恐い」

その日は、結婚して4年、付き合いだして9年? 史上最大の暴風雨が一晩中荒れ狂う。理屈からいえばこちらに一分の理もない。幼児体験だかなんだか知らないけれど、パートナーが生理的に拒否しているものを無理やり飼おうというのだから。

説得

反対されたまま押し切っても仔犬が不幸になるのは目に見えている。なんとか犬と一緒に暮らすことの素晴らしさを分かってもらいたい。同伴者として惜しみない信頼を人間に注ぎ続ける動物が犬であり、本来、恐怖の対象にはなりえないということを。

恨めしくは貧困なボギャブラリー、口から出てくるのは陳腐な言葉ばかりで相手に響かない。

あきらめず話しかけるも頑な姿勢は変わらない。でも、いくら拒否されても、震えているこの小さな無垢なるものを何とかしないとという思いが増すばかり。

雨のち晴れ

堂々めぐりのやり取りが何時間も続いた。説得はできない。けれど並々ならないこちらの思いが妻に伝わったのだろうか。最後は苦渋の決断を妻にさせてしまった。

妻は小さき者の行く末を案じ、大きな不安を抱えながらも一緒に暮らすことを許してくれた。いつも無理をいって申し訳ない。海より深く感謝。こうしてダックスフントが家族になった。

新しい家族

しょうがない?

本当に良かった。行く当てのないまま仔犬を帰さずに済んで。人間2人の大ゲンカをよそに仔犬は笑顔。大きな瞳と金色の眉をクリクリ、キラキラさせて見つめている。早速、新しい家族に名前をつけなくては。

いろいろ考えたけど、どうにもしっくりこない。名前って結構難しい。結局、しょうがない馬鹿犬なので命名”ジンジャー”。体型も古生姜みたいだし。

嫌犬家と楽天犬

初めて会ったときは気弱で寂しがり屋に見えたジンジャー。実際は無邪気で天真爛漫。よく遊び、よく食べる。まぁ要するに食い意地の張った馬鹿。常に笑顔で悪戯ばかりしている能天気な犬だ。

それにしてもジンジャーはいつも笑顔。というよりは、もともと口角が上がっていて目も丸く大きいので笑っているように見えるのかもしれない。

この笑顔にやられたのが「犬がこわい」と言っていた妻。怖がる素振りなど一切なく「この馬鹿犬がー」と毎日楽しそうにジンジャーを教育的指導。一方のジンジャーはちょっと怒られても舌を出して薄ら笑い。全くめげることなく「遊んで、遊んで」と妻とじゃれあっている。

犬嫌いと馬鹿丸出しお気楽犬のファースト・コンタクトは無事成功。ひとつのパック(群れ)としてきっと仲良くやっていけるだろう。

こうして、しょうがなくかわいい犬との生活がなんとかテイクオフ。もう13年も前のおはなし。

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